薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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天狗裁判

2007.06.20 時事放談
天狗は想像上の存在であり山のシンボル的存在でもある。

そこから修験道をイメージしてしまうのは小生だけだろうか?

一般的に言われている天狗(てんぐ)は顔が赤く鼻が高く下駄をはいていて山伏の格好
をしているのだがこれは中世以降の産物らしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%8B%97
まあ、狗はイヌのことも表現するから
人型というよりキツネやイヌ、イタチのような形状の想像上の存在だったのだろう。

そんな天狗だがその天狗の名を借りて裁判が起こされた。
「高尾山天狗裁判」である。
内容は高尾の自然保護のため八王子の圏央道建設に反対するというもの。

6月15日原告側が敗訴し控訴する予定だという。

判決では騒音や大気汚染は住民に危険を及ぼす証拠はないとし
住民が高尾山から享受していると主張する「人格権」「環境権」
についても「不確定かつ流動的」とし一切認めなかった一方で
八王子城跡トンネル近くの「御主殿の滝」の滝枯れやオオタカの営巣放棄は
工事の影響であると指摘した。

この裁判の特徴は高尾の自然全般を天狗という抽象的存在に
仮託しているというところである。
天狗は上記のようなイメージもあるし信仰の対象にもなっている。
「オオタカ」や「滝」を包含できる存在なのだ。

ただ、それは司法制度の中で認められるものかといえば難しい。

開発反対の理由に「環境権」や「人格権」を使用するのも苦しい。
「環境権」は憲法や法律的根拠がないし自然がなくなることによって
「人格権」が侵害されると主張するのには無理がある。
(だから小生は憲法改正賛成なんですがね)

そもそも開発反対運動を訴訟というフォーマットで行わなければならない
状況が苦しい。
裁判制度がかなり発展していた欧米ではこのような伝統や仮説なども
(ストーンの樹木の当事者適格など)
あるのだが日本ではまだまだである。

訴訟以外の手段を何か求めなければいけない時代になっているかもしれない。
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