薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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思想の必要性

2007.06.15 未分類
自分が環境思想というものを扱っているから
思想というものが本当に世界を動かすのに有効なのか非常に気になる。

もし仮に有効でないとすると
自分の研究は膨大な無駄ということになる。
(それはそれでまたよいのだがw)

環境問題というものを考えるとき
いくつかの解決への方法論が考えられる。

・科学技術による克服
・政策の誘導による克服
・思想の転換による克服

勿論この3パターンが全てじゃないし
3つにキレイに分けられるわけでもないがこの3つで
考えてみたい。

技術で克服できるのなら現在の生活を一切変える必要はない。
新しい環境関連法も必要ないだろう。
科学者の一部の人は環境問題は技術のみで乗り越えられると
考えているらしい。
人類の偉大さを信じているのだ。

自分も是非信じたいが世の中8割方ウソだと
公言している人間である。
到底信じられない。

大方の人もまさか技術のみで克服できるとは思っていないだろう。

第二に政策による克服を挙げた。
法制度など行政の機能によって克服するということだ。
この機能によって技術開発も進むだろうし
環境問題の深刻化は抑えられるかも知れない。

ただ、これは人間に利があると判断されなければ発動できない
力なのである。
バタフライ効果のように遠く遠くの現象が仮に人間に害を及ぼす
としても通常気が付かない。
だから法整備はされない。

つまりこの機能の効果は非常に限定的であると
言わざるを得ない。

そこで思想による克服である。
思想によりライフスタイルの変革をもたらせば
問題解決の道筋は若干緩やかになる。
環境政策もスムーズに実行されることとなるだろう。

言いたいのは技術、法・政策、思想どれも重要だが
思想が一番重要なんじゃないのか?
と、そういうことです。
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