薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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単一コンセプトに囚われること

2007.03.31 未分類
六本木に東京ミッドタウンなるものができたらしい。
都心の真ん中を再開発とは御苦労なことだ。
新聞には「4割が自然空間」という文字が出ていた。
笑止だ。
まあ、新聞に”自然”の定義を問うたところで仕方ないが
自然空間なわけがない。
ちなみにここでの自然は”人為”との対義語である。
新聞のそれは木を植えてあったり芝生だったりする
空間が全体の4割もあるということだろう。
都会のオアシスとでも言いたいのだろうか?
残念ながらそんなものにはならないだろう。
計画されきった空間
そんなものに心癒されるわけはない。
きっと何かわからない居心地の悪さを感じるだろう。
(って行ったこともないのに散々だがw)
もっとも「癒し」とかそういう言葉にも
胡散臭さを感じる。
近頃の「癒し」ブームとは何なのだろうか?
小生は正直やたら木があるだけとか
森の中とか全然癒されないのだ。
なぜならそこには人にとって不快な虫
(スズメバチやらデカいハエやらヤブカやら)
がわんさといておまけに森が深ければ深いほど
何かがいそうで、妙な緊張感が出るのだ。
だからといって都市空間で癒されると言うわけでもない。
むしろ、別に癒されないし、癒されたいとも
思わない。
疲れたときは見晴らしのいい丘やらに登って
ボーッとする。
でもそれは「癒し」を求めているわけではない。
肉体的にも「スッキリとした視界」や「吹き抜ける風」が
気持ちいいし、精神的にも「人が少ない」ことや「うるさくない」
空間というのは心地よい。
でも、それは世に満ちる「癒し」とは違う。
頭を空にする時間が欲しかったりするのだ。

「癒し」というコンセプトは様々なところに広がっているが
それはつまるところ癒されない似たような空間を量産することになる。
また「便利」というコンセプトは戦後長らく支配してきて
今もかなりの支配権を持っている。
郊外の駅前の再開発を見れば一目瞭然である。
同じような(むしろ9割方同じ)ショッピングセンターが出来ている。
どこの駅で降りてもほぼ同じサービスが受けられる。
それはとても便利だ。
そのセンターができれば今まで無視されていたような
駅も通勤圏と見なされるようになるかも知れない。
しかしそれは日本の均質化にほかならない。
各都道府県の県庁所在地の風景がほとんど東京と似たものに
なってしまったのと同じように
均質化された駅が大量にできる。
果してそれは魅力的な街になるのだろうか?
その便利な機能を取り去ってしまったら
何が残るのだろうか?

近年騒がれているコンパクトシティにも同様な危機感を持つ。
全国で一斉にコンパクトシティにしようと再開発したら
皆同じような都市になってしまうではないか。

日本は各地にニュータウンを一斉に作りそれが
失敗だったことを感じているはずだ。
(一つのコンセプトを一斉に行う危険性)
無機質な団地はある意味シュールである。
小生は退廃的な美しさを感じで逆に好きだったりするがw
ハッキリ言って不自然である。
(現在時間が経って少し馴染んできた感もあるが)
このコンセプトによる都市作りの全国均質化というのは
政治や行政がもはや住民の手から完全に離れてしまったことを
示している。
現在、政治行政機能と住民の分離は日本史のなかで最大になっている。
日本の多くの問題はここに起因している。
・・・ような気もする。
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コメント4
トラックバック1
2007.04.01 00:14 edit
色々書いたのに禁止ワードが入ってたらしいです・・・そんな引っかかるようなワードは入れたつもりはないんだが・・・
Quilt URL
2007.04.01 10:30 edit
ブログの方の禁止ワードは小生が設定して
いるわけではないからなあ。。。
何が引っ掛かったんだろうか・・・。
八閑斎 URL
2007.04.02 10:13 edit
理由が分かった気がしたのでリトライ。
恐らく「馬鹿」をカタカナで打ったのが問題だったっぽい。

「癒し」ねぇ・・・そういえば「癒し系」という言葉が出た当初は「卑し系」と勘違いして凄いモノが流行る時代になったなと馬鹿みたいなことを考えていましたなw

まぁ、人が求める「癒し」ってのは千差万別でしょうから一概に論じるのは少々突っ走り過ぎかと。何にせよ、本人が「安心できる」、「普段とちょっと違うゆったりした気持ちになれる」なんてのが一般論で言う「癒し」かもしれませんね。ま、あくまで一般論だから一部には別のことやモノに癒される場合もあるかもしれませんが。
昨今の「癒し系」というのは大体そんな一般論をベースにして作られてるのでしょう。
とは言え、何て言うんですかね・・・一般論的「癒し」だと、何というか・・・飽きそう^^;

同じコンセプトに基づいて何かを作ると、どうしても「似たような」モノになるのは仕方が無いと思う。が、「同じ」モノにはならないとも思う。と言うのも、全ての街にはそれぞれが固有の歴史なり価値観なりを持っていると思う、ならばそれが街に反映されないはずが無い。しかし、管理人殿の言うとおり、街作りが住民の手を離れて役所の中だけで行われるとしたらその限りでは無いと思う。その町独自のアクセント抜きで単一コンセプトに基づく街作りをしたなら出来上がるのは没個性的な街でしょう。ま、住民がそれで良いと思うならそれでも良いのでしょうが・・・

駄文長文失礼しました。

ちょっと気になったのですが、管理人殿の考える「魅力的な街」とは一体どのようなものでしょうか?
Quilt URL
2007.04.02 18:29 edit
>全ての街にはそれぞれが固有の歴史なり
>価値観なりを持っていると思う、
>ならばそれが街に反映されないはずが無い

それは確かにそうなんですが
交通機関や情報伝達手段が発達して
似たようなものを作ろうとすれば
できてしまう。
Quiltくんの言うような例は例えば
平安京や平城京は中国の長安やらなんやら
とにかく中国の首都と同じようなものを
作ろうとした。
そして国内でも奥州藤原氏が京都を
目指して平泉を作った。
でも、いずれもコピーとしては失敗だった。
不完全だった。
しかし、現在のそれはそういうのと
また違って城を再現するときには
必ず(ありもしない)天守閣を作る。
とか大店法改正によって実現した
巨大なショッピングセンター
(見た目も中身もどこも大差がない)
ができたりするなどというもので
固有の歴史や価値観は無視されているのです。
それはなぜかというと作っているのが
土地に履歴を残している住民でなく
行政や企業だからです。
彼らには生きた文化などを反映させるという
思考は生まれにくいし、生まれても
城跡の例のようにいびつなものだったり
します。

ですから小生の考える魅力的な街とは
住民が支える街、土地の歴史をゆっくり
重ねていく街。
でも、ホワイトカラーがほとんどで
日中人がいない街ではそういうことは
難しい。だから職住接近が重要だと
世でも言われていたりするのだと思いますよ。
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  ニュータウン・団地に住む。
日本のニュータウン日本のニュータウンは、地方公共団体・都市再生機構(旧:都市基盤整備公団)などの公的機関によるものと、鉄道事業者|鉄道会社・不動産会社などの民間企業によるものとがある。住宅地として開発されるものが多いが、他に研究都市・学園都市と呼ばれるも
2008.01.08 19:20
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