薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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美しい国

2006.09.30 時事放談
安倍政権のスローガンである。
なんだろう。
この空虚さは。
きっと政治に感情を持ち込むのは邪道だ
というトーシローの思い違いのせいだろう。
そう思っておくことにする。
でも、気になる。
何が”美しい”のか。
所信表明を読んで抜き出してみよう。

1,文化、伝統、自然、歴史を大事にする国
2,自由な社会を基本とし、規律を知る凛とした国
3,未来へ向かって成長し続けるエネルギーを持ち続ける国
4,世界に信頼され尊敬され愛されるリーダーシップのある国

そしてアインシュタインが訪日した際の
「日本人が本来持っていた個人に必要な謙虚さと質素さ
 日本人の純粋で静かな心それらの全てを純粋に保って忘れずにいて欲しい」
という言葉をひいて日本の長所を強調した。
今までの首相の所信表明を全て読んだわけではないが
これほど自国を持ち上げるというのも珍しいのではないか?
小生は逆にそこから現代日本の「喪失感」と「穢れてしまった自己」
という感情を痛烈に感じた。
安倍の所信表明の中でも

「家族の価値観、地域の暖かさが失われたことによる痛ましい事件」
とか
「ルール意識を欠いた企業活動による不祥事が多発」
さらには
「子供のモラルや学ぶ意欲が低下しており」
などの問題点が指摘されている。
これらが”美しくない”のだろう。

しかし、日本が、いや世界がいまだかつて”美しかった”ことはない。
”美しかった”のはいつの時代なのか?
江戸時代、間引きと称する子殺しや子供を捨てる行為は普通だった。
戦前の経済は政商や財閥が牛耳っていた。
いつ?そしてどこが?美しかったのか?

小生が思うに日本がやらなければならないのは”浄化”ではない。
哲学と倫理を取り戻すことだ。

だから安倍も「教育再生」を掲げている。
しかし、対策は
1,授業時間の確保
2,基礎学力強化
3,教員免許更新制度
4,外部評価の導入
などであるという。
個人的にはほとんど意味がないと感じることばかりだ。
1と2は生徒に対するものだがこれは旧来の
「国家の役に立つ部品」を製造するシステムだ。
安倍くんは大量に官僚が作りたいのだろうか?
勿論、官僚もいいが明治以来のこの方針の結末が現在であるということ
に気が付いたほうがいい。
面白い独創的な人間は官僚からは生まれない。

3については微妙だ。
そもそも教員育成をもう少し専門的にやったらどうなのか?
現在のシステムはなにか片手間のように写るのだが・・・。
4は外部圧力が強くなりすぎなければよいと思うが。
”外部”とはなんなのか?文科省の役人なのか教育委員会なのか
保護者なのか?専門家なのか?
いずれにしても圧力と思想統制の危険がありそうだ。

おまけに安倍は志のある人材を輩出した
良い教育の例として松蔭の松下村塾を挙げている。
しかし、あの時代は乱世であり外国からの侵略の恐怖の時代だ。
相手に今にも刺し殺されそうであった。
更に隣の巨人が実際に刺し殺されたのだ。
今は治世であり、日本は肥満し緩やかな死に向かっている。
必要としている人材が違うのだ。
松蔭もそれを証明している。
松蔭は褒めて伸ばす教育をしていたが若き日の伊藤博文だけは
褒めるところが見つからなかった。
しかし、彼は明治の治世で首相にまでなる。

日本が必要としているのは”中興の人”である。
日本史上の人物でいけば田沼意次のような人物だろう。
現代日本には彼のような人材が必要なのである。
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