薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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哲学の東西

2006.05.26 未分類
小生の取っている政治学の講師はやたらと西洋哲学を奨めます。
ハイデガーとかルソーとか・・・。

まあ、それはそれでいいんですけどね。
小生は東洋哲学のほうが好きなんです。
道家とか陽明学とかのほうがね。
だからそっちの方も推薦して欲しい。

知行合一なんてかなりラディカルな思想だし。
無為自然とかは西洋哲学では絶対出せない味を
出してると思う。

もっとも哲学とか歴史とかは”虚学”なわけで
それでメシが喰えるわけじゃないから
どうでもいいといえばどうでもいいんですけどね。

小生は思わず読んでしまうんですよ。そういうの。
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コメント12
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2006.05.27 10:39 edit
ハイデガーとナチズム…

知行合一の知行を「ちぎょう」と読むか
「ちこう」と読むかで意味が大分変わる…

その“虚学”で飯を喰っていこうとしているあたしって…ぐすん。
じゃんぼ URL
2006.05.27 17:11 edit
>じゃんぼ
「ちこう」と「ちぎょう」って違うんすか?
知らなかったす。

飯を食っていけるかどうかというのは
「小生はムリ」ということでして
じゃんぼさんを批判しているわけではないです。
小生は教授とかムリなんですよー。
論文とかも書くネタきっとなくなっちゃうんだろうし
大学は少なくなっちゃうし・・・。
八閑斎 URL
2006.05.27 17:33 edit
陽明学の方が「ちこう」だね。
「ちぎょう」だとスペンサーかなんかじゃなかったかな?
意味も違った記憶が。
明日の晩に、山に戻ったら調べ直してみるよ。

まぁ、どんまい。>虚無学
じゃんぼ URL
2006.05.29 19:19 edit
>じゃんぼ
わかったら詳しく教えて下さいな。
八閑斎 URL
2006.05.29 19:58 edit
『創大教育研究』創刊号(1991.3)の「座談会」で
斎藤正二が次の様に述べております。

「「知行合一」の用語ですが、ほんとうは、これ、大正デモクラシー期の日本哲学会ではごくごく普通に用いられていた文化記号のひとつなのです。ちょうど現代でいえば《ペレストロイカ》とか《グラスノスチ》とか《デタント》とかの記号が、同じようにして、大正前期中期にはごくごく当たり前の共有記号(ないし、流行語)として知識人の間で遣り取りされていた。わたくし程度の浅学者の思い付く範囲でも桑田厳翼、西田幾多郎、西晋一郎、得能文、紀平正美、吉田静致、藤井健治郎などなど、実例には事欠きません。当然、同時代の教育学会でも常識のごとく用いられた。ジョン・デューイが一九一九年に日本に来て東京帝大でおこなった連続講演を、千葉命吉が翻訳した『哲学の改造』(一九二一年、同文館刊)の「第二章 哲学改造の歴史的要素」というチャプターをひらくと、次のような文章に出くわします。「学問や知識を求むるのは生くるためだ。ウィリアム・ゼームスが知行合一主義即ちプラグマティズムPragmatismをば、%B
じゃんぼ URL
2006.05.29 19:59 edit
考へ方の古き方法に対する新しき名a New Name for an old way of thinkingとよんだときに、彼は明白に、フランシス・ベーコンのことを考へつゝあったかどうかは判らぬが、知識追求の精神と気分とに関する範囲を於ては、ベーコンは知識について知行合一的見解を既に予言した人と見得ないことはない。彼は生の実際にふれぬ知識の所有を排してゐたから」(同書、九一ページ)とみえます。千葉命吉とは、例の《創造教育の理論》を唱えたプログレッシヴな教育思想家です。その千葉が連発している「知行合一」の概念は、大正時代日本哲学界の常識ないし文脈を踏まえたればこその用法です。そうでなくては、まさか「知識合一主義=プラグマティズム」なんて言えるはずがない。「ベーコンは知識について知行合一的見解を既に予言した人」なんて言えるはずがない。この場合、王陽明のことなんか金輪際あたまに浮かんでいない。だいいち、原書はジョン・デューイです。プラグマティズム哲学の創健者のひとりであるデューイの言説に関して、「知行合一主義即ちプラグマティズム」と翻訳しているのに、みんなそれを納得していた。大正期教育思想界とはそういう構造structureをしていたのです。」
じゃんぼ URL
2006.05.29 22:08 edit
むむう。・・・結局どういうことなので?
よくわからないですぞ。。。
「知行合一」は一般用語として使われていた
ということでしょうか?
でもそれは陽明学のことがまずあって
ということではないのですか?
文脈から見ると
王陽明とは関係なくとも意味は陽明学の
「知行合一」と一緒なのでは?
と思ってしまうのですが?
あと”読み”で”意味”が変る
というやつのも教えて欲しいんですが・・・。

文章が切れててややこしくなっちゃうね。
掲示板のほうなら切れないと思うので
掲示板のほうで再度解説をお願いしたいだす。
八閑斎 URL
2006.05.30 10:17 edit
上に引用した文章は、牧口の文中に「知行合一」なる(実際は「知行合致」らしいけど)ものがあって、その解釈をめぐるものです。
K教授がこれは陽明学の影響だー、といって、それに対して斎藤先生がいや違うよ、って言ったもの。
大正期の日本哲学界において、陽明学がどのように受容されていたかはわからんけど、
当時は、西洋思想(プラグマ)の意味合いで用いられていたらしい。哲学界における一般用語というとこかしら。
言葉の起源は陽明学に由来しているかもしれないけど、だったら何故同じ言葉を使うのか疑問。

ちなみに、読みと意味の方は、哲学に関するものではなく、
昔の日本の土地支配や行政の用語「ちぎょう」と
ただごっちゃになっていただけのようでした。
勘違いですな。
まぁ、確かに意味は異なるわ。
じゃんぼ URL
2006.05.30 11:10 edit
>よみ
安心したわ。
そのことなら「信長の野望」で死ぬほど出てくる
用語でごわす。

>なぜ同じ言葉を使うのか?
ということに関して真男君が以下言っていたことが
当てはまるのではないかと思うので引用すると
「ヨーロッパの哲学や思想がしばしば歴史的構造性を
 解体され、あるいは思想史的前提から切り離されて
 部品としてドシドシ取り入れられる結果、高度な抽象を
 経た理論が案外私達の古い習俗に根差した感情に
 アピールしたり(中略)最新の舶来品が手持ちのストック
 にうまくはまりこむといった事態がしばしば起こる。
 (中略)マラルメの象徴詩が芭蕉の精神に「通じ」たり
 プラグマティズムが本来江戸町人の哲学だったりする
 考え方の例はいくらもある」
という感じです。
あと、小生は翻訳するときの問題もあると思いますな。
既存の似ている言葉で当てはめてしまったんではないですか?
わかりやすいから。
八閑斎 URL
2006.05.30 11:43 edit
まぁ、そんなもんだろうね。
翻訳に関しては、
「手持ちのストックにうまくはいりこむ」こともあれば、
あてはまらないから、新製品をドシドシ作ることもあったみたいね。
丸山真男・加藤周一『翻訳と日本の近代』(岩波新書)でも話していたよ。

話がちょいとそれるけど、
教育の中身も西欧のものをそのまま取り入れたために、
「その耳みたいな記号はなんですかー?」(数字の「3」)とか
「レモン色なんてわかんなーい」
って質問が子供からされたこともあったとか…。
じゃんぼ URL
2006.05.30 20:16 edit
>じゃんぼ
翻訳というと柳父章「翻訳の思想」を
思い出します。
「自然」と「nature」についてです。
面白いと思うので時間があったら
読んでみてね。
八閑斎 URL
2006.05.30 23:15 edit
あ、それ大事。
じゃんぼ URL
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