薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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一人称「俺」

2005.10.09 未分類
「俺」というのはオレと読む。
オラとかオイラと同じようにつかう一人称である。
(俺をオラとかオイラとか発音するのかどうかは知らないが)
俺というのは現在では主に男が使う。
そうなっているらしい。
でも女子でも不良や負けん気の強いものは俺とかいうらしい。
テレビドラマでもそういうことになっているようだ。

だがはっきり言って俺は別に男言葉ではない。
以前水俣病訴訟のビデオをみたとき被害者の女性が
「オレの人生を返せ」と言っていた。
この女性は不良でもなければ、その筋の人でもない。
普通の漁民である。
オラならもっとわかりやすいだろう「おしん」では確か
主人公の一人称は「オラ」である。
今だったら孫悟空か野原しんのすけぐらいしか「オラ」と
言わないが昔はどうも言ったようである。
女性が「オイラ」というのを聞いたことはないが
「オラ」「オレ」なら十分にあった。

不良少女は「アタイ」ともいうがこれは「アタシ」が変化した語
であって特に昔女性のみが使った語ではなさそうである。

そういえば「アタシ」もしくは「ワタシ」は小学生などの時期には
女子が使うものであって男子はなぜか使わず「俺」か「僕」である。
(「僕」というのは漢文からとってきたらしい。その反対語の「君」を考えれば
 その関係性はおのずと見えてくる。僕は従僕などというように使う「僕」なのだ)
だが大人になると男女の別なく「私」を使う。

要は何が言いたいのいかというと昔は一人称に男女の区別はなかったんじゃなかろうか?
ということである。
(勿論人口割合が非常に少数である武士とか大名は含めない)
現在男女平等ということが言われ悪い例として「江戸時代とかは・・・」
などと男尊女卑の象徴のようにされるが実際はそこまで酷くなかったんだろうと
思うのである。
その例として一人称の男女の非分別をあげてみた。
男女の別が厳しくなってきたのは学校が始まり「共通語」というものがつくられた
明治ぐらいなんじゃなかろうか。

・・・ということを一瞬考えた。
どおでもいいことなんですが。
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コメント18
トラックバック0
2005.10.09 17:23 edit
ドラゴンボールならチチさんが「おら」って言ってますよ。
ちなみに自分は「僕、おいら、おれ、」どれも女性が使っているのを聞いた事があります。
ただ、内省してみると「おいら」はまだ幼さの残る子供が使う印象があり、「おら」は管理人の指摘どうり共通語教育が普及していなかった世代に残っている印象がある。
「僕」に関しては男っぽいくてぶっきらぼうではない印象付けを意図したはやり言葉(最近出てきた)のようなきがする。
隠尊法主 URL
2005.10.09 23:30 edit
「僕」についてもうちょっと言及すると
これは幕末にのちに維新志士と呼ばれる人達が
好んで使っていたのが残っているようですね。
軍隊用語の「~であります」も長州弁だし
今使われている語の多くは明治期に整えられたようですね。
そう思うと「正しい」とか「乱れた」日本語というのは
空しい気がしますね。
八閑斎 URL
2005.10.10 13:32 edit
幕末になると「僕」とか「~君」っていうのが出てくるのが不思議だった。普及する元が維新志士だったとするとやっぱりインテリなイメージも入ってるんでしょうね。

>乱れ
言葉の観点からすれば「そもそもの起源」っていう論議と、「正しい、乱れている」っていう論議は一致しない。
つまり丁寧に感じる態度や言葉は本人の感覚と一般の基準と一致していない場合(要はしっくりこない時)相手への心証が悪くなったりする。
でも不思議なもので相手に使われる場合、「堅苦しい」と感じられても一般に丁寧語や敬語は「不快感」ととられることはあまりない。
その点を考えると「丁寧語や敬語」という感覚は使える能力はなくとも受け手として感じる能力は備わっているようである(これは義務教育で基本的な国語能力が培われているからで特に作文能力よりも読解能力のほうが身につきやすいことによるような気がする)
結論:言葉が正しいかは多数派に従おう
隠尊法主 URL
2005.10.10 20:42 edit
そういえば、小学校の頃とかが、女の子が僕っていったり、わしっていったりするのが流行ってた。
英語と違って、一人称が沢山ある日本語は、自分の個性を主張できるような気がして、なんかおもしろいです。
nobue URL
2005.10.10 21:04 edit
>法主
維新志士ってのはインテリってイメージ
じゃなくて田舎者っていうイメージですね。
「薩摩と長州のイモども」
みたいな。
幕末になってはやったのはみんなが勉強を熱心に
し始めたからじゃないですかね?
中国の古典で使われていたのをマネしたそうですから。
八閑斎 URL
2005.10.10 21:08 edit
あ・・・途中なのに送信しちゃった。
>nobue
小学生の女の子が「ワシ」とかいうのはなあ・・・。
「わし」って小林ヨシノリが使いはじめてから
印象悪いよね(笑)
八閑斎 URL
2005.10.10 22:17 edit
僕のイメージは現代におけるってこと、当時のじゃないよ。
勉強して流行ったならやっぱインテリなんじゃん。
隠尊法主 URL
2005.10.10 22:40 edit
現在のことかあ。
インテリってイメージかなあ・・・。
昔の話だったらインテリじゃないね。
イモはイモだから。
しかも流行り言葉って頭よさそうな
感じじゃないじゃん。
八閑斎 URL
2005.10.11 09:59 edit
管理人の視点は幕末当時の都会人からのイメージなんじゃない?
その後、栄達して明治以降の日本を彼らが作っていくことを考えればその人たちの使ってた言葉に都会人的な印象がつくのはあると思う。
要は共通語教育が始まるころ、世間でどういう地方の人間が強かったかってことなんじゃない?
隠尊法主 URL
2005.10.11 23:04 edit
>要は共通語教育が始まるころ、
>世間でどういう地方の人間が強かった
>かってことなんじゃない?
うーん。そうじゃないんだなあ。
だってそのころの主流は薩長土肥だけど
彼らの言葉は共通語になってないから。
彼らは当時も今でも都会人じゃないんですよ。
大久保なんて大貧民だし伊藤博文だって
かなり下の方の人ですよ。
彼らはむしろ方言を直そうとしたでしょうね。(そうしないとお互い何言ってるのか解らないから)
直んなかったと思うけど(笑)
どの道共通語が完全に定着するのは戦後だったと思いますよ。
八閑斎 URL
2005.10.12 10:51 edit
「であります」は例外か…
「僕」そのものは出身地方や方言にかかわらず使われてたわけだし戦後共通語教育が一般化するまでに都会人語として定着していったんじゃない?
方言を直すほうに意識がいってたなら統一された新しい一人称に需要が集中するのもわかるし
隠尊法主 URL
2005.10.13 16:19 edit
その後顕官になった志士達は
「僕」じゃなくて「余」っていうのを
使うようになったんですよ。

・・・何を話してたのか
わかんなくなっちったな。
八閑斎 URL
2005.10.13 18:24 edit
「余」が一般表現なの?特定の人たちじゃなくて?
隠尊法主 URL
2005.10.14 07:33 edit
志士が「僕」って言ってて
それがその後みんな顕官になって
「余」になった。
・・・と。
八閑斎 URL
2005.10.14 12:24 edit
その「余」って文語表現じゃない?
「吾人」とかみたいな。
隠尊法主 URL
2005.10.14 22:59 edit
いや違うようだね。
元勲とかの語録をみると。
勝海舟は違うけど。
ってかもうこの話よくないか?
いいかげん飽きたんだけど・・・。
八閑斎 URL
2005.10.14 23:32 edit
そうだなぁ…。「許してください。ゲイカ様」っていったら許してあげるよ
隠尊法主 URL
2005.10.15 00:21 edit
断じて言わぬ。
ってか許しを求めているわけじゃないっつーの。
八閑斎 URL
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