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薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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我々がキリスト教的伝統のなかで生きていることについて

2005.09.01 未分類
こういう硬い話題だとコメントが減るという・・・。
いや、むしろ時期が悪いんだ!!
と絶叫してから本題に入ります。

前回「神は死んだ」という話をしました。
これは先進国全てに言えることで日本でも神仏は死んだのです。
我々は西欧の科学技術の中で生き、それらが生みだした理論を信じています。
西欧の科学技術は宗教的な欲求が多分に含まれています。
「自然」は神の与えた聖書と並ぶ書物であり人はそれを読み解かなくてはならない
という考え方です。
技術によって自然を制御利用するという思考はキリスト教ではなくともキリスト教的なのです。
よって共産主義も実はキリスト教的な伝統を持つのです。

科学技術がキリスト教的な部分はバイオテクノロジーに顕著に見られると思われます。
デカルトは物心二元論を主張しました。
それまでのキリスト教もそうですが大事なのは肉体ではなく精神です。
デカルトは精神は人間のみが持つと考えたので動物は機械のようなものである
という結論に達しました。
今のバイオテクノロジーはまさしくそれでしょう。
実験動物は「物資」ですし肉体は物体として研究されます。
ES細胞で部品のように臓器を作ったりもしています。
(ここでアメリカの福音派はクローンや中絶に反対しているではないかという反論が
 あるかもしれませんが、彼らはキリスト教原理主義者でイスラム教原理主義者が
 一般のイスラム教徒と違うように特別な存在であると思われます)
今、それが世界中で行き詰まっています。
しかし、それを捨てて別の生き方をすることはもうできないように思われます。
我々はどこまで行くのでしょうか?
それは小生にも全くわかりません。
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