薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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公共物の汚損はやめましょう

2005.07.28 未分類
公共物を汚くしたり壊したりというのは非常によろしくない。
気持ち悪くなるほど酒飲んで道端でゲーゲー吐いたり。
フェンスをニッパーで切りまくったり。
公衆便所を汚く使ったり。
これらと同じくらい小生が腹が立つのが貸出し図書への書き込みや線引き。
酷いのになると本の文章に線が引いてあって勝手に訂正してあったり
自分の意見がつらつらと述べられてあったりする。
自分が買った本にそういうことをするのは結構でしょう。
むしろ本を有効に利用してると言ってもいい。
しかーし!!
多くの人が使う図書館の図書に線を引いたりするのには腹が立つ。
片っ端から消してますよ。ええ。
以前、ボールペンで線が引いてあるのがあって怒りを堪え切れませんでした。

書き込みも大体が的を射てなかったりする。
この前読了した「翻訳の思想 自然とネイチャー」
には著者への反論みたいなものが書いてあったのですが
この文章がとんだ見当違いな文だった。
具体的に説明しますとこの本は「自然」という言葉の定義の変遷を探る名著であります。
「自然」という単語はものすごく省略して書きますと
元々「自ずから」という意味であり「自然界」という意味は
洋の東西を問わず含まれていなかった。

自然は中国語でありネイチャーは英語である。
日本はダブルで翻訳しているので中国、英国、日本、三国の自然の捉え方が
グチャグチャに混ざって凄いことになっている。
とにかく自然でもネイチャーでも「人為ではない」というのが共通部分だ。
しかし、日本が明治に入ってくると「自然のままの自然」という表現も現れる。
それも「人工」と区分された「自然」ではない。
日本では本来自然界を表現するときは「草木山川」などであるが明治期になって
多少混乱して「潜在していた自然」が上記のような表現で出てきた。
著者の柳父氏は「人為ではない」というのは中国や英国から取り入れたもので
日本人が元来持っていて明治期に発露された「自然」とは違うということが
言いたかったのだが、書き込みをした人は中国から仕入れた「自然」が日本の
自然になったのだと思ったらしい。
どうにもこの書き込み者は国語の理解力と構成力が著しく欠けている。

もっとも著者は頭が良いことをいいことに小生のような鈍い少年にはむつかしい
書き方をしている。もっと鈍い大人は勘違いして理解ができなかった。
小生が理解できたのはこの「自然」という概念の歴史を書いた本を既に3冊ほど
読んでいたおかげであって、いきなり読んだら今小生が馬鹿にしている書き込み野郎と
同じ過ちをしていたかもしれない。

まあ、とにかく勘違いしようがしまいが書き込むな。
とそれが言いたい。
私はあなたの意見が聞きたいんじゃないんだから。
(じゃあその書き込みを読むな。という突っ込みはくれぐれもしないように)
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