薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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手紙

2007.10.29 未分類
ある人に手紙を書いた。

届いたのかわからないし

届いても迷惑だったかも知れない。

思い過ごしのことを書いたかも知れないし

遅すぎた手紙かも知れない。

悶々とする中で返事を待っている。

僕は虚ろな言葉を送ってしまったのかも知れない

南天の葉を添えて。
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農村機能のアウトソーシング化

2007.10.27 時事放談
今、日本は「地方がダメになっている」「限界集落が増加している」と
言われている。
金がないから交付税に頼る。
産業は一次産業と建設業くらいしかない。

何が問題なのか?

それは農村機能のアウトソーシング化が進んでいる
ことなのではないかと小生は思う。

戦後すぐは農村に過剰な人口がいて
それをどうやって都市に誘導するか
一次産業からどうやって高次の産業にするかが問題だった。
今はまるで逆だ。

食料自給率が低下していることもそれを示している。
グローバル化がそれを引き起こしている。
かつての農村の役割を途上国がしている。
フィリピンの看護士や研修制度を悪用した外国人の酷使
はそれだ。
環境問題も生産基地が外国に移ったから外国で発生している。
「日本の環境問題」は「日本」という国境でくくれない
状況になっている。

反グローバリズム運動はこういう観点からある程度の説得力を持つが
グローバリゼーションを止めることは出来ないだろうし
止めれば日本をはじめとする先進諸国の物価は物凄いことになるだろう。
勿論、輸出が激減する途上国経済も大混乱になるはずだ。
つまり、双方はもうズブズブの関係になっていて
どちらかが欠けても困るのだ。
しかし、安全保障の観点から考えれば”鎖国”状況になっても
住民が生活できる体制を準備しておくことが国家の責任だと思う。


まあ、建前論だが。。。
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亀田の荒られ

2007.10.20 時事放談
以前、亀田は日本文化の流れの一つだ。
・・・というようなことを書きました。

未だにそういうふうに思っています。
行儀のいい武士とか侍とかはそうそういなくて
高師直とか福島正則とか今の価値観でいけばもう酷かったわけです。
(この二人をチョイスしたのに特に意味はありませんw粗暴というだけです)
http://burahuman.blog5.fc2.com/index.php?q=%B5%B5%C5%C4
だから行儀の良いものが「日本の伝統文化」とされて
ダーティな部分が消去されて「美しい日本」になるというのは
日本が半分くらい削られるということです。


・・・でも亀田はなりきれなかった。
時勢だろうけど。
俺は反則云々じゃなく

負ける→バックれ→総合格闘技に転向→再び亀田人気

・・・の流れが
がバサラのあるべき姿じゃないかな?と
あっさり逃げちゃって良かったんじゃないかな?と
そしてふてぶてしく登場して欲しかった。

まあ、亀田一家は基本的に嫌いなんだけどw
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問題の所在

2007.10.17 未分類
環境問題やら鬱の問題
根本的な解決法の提示が求められているが
実際のところ対症療法しかできていない。


個人的には問題の所在は
商品経済と国家という二つのシステムに組み込まれ
離脱できないことが明白なことにあるのではないか?
と感じている。
簡単な言い方をすれば「会社」と「役所」だろう。
日本人・・・いや、現代人のほとんどがこの二つのシステムの一部となっている。

昔の日本は農業を基盤とした農本主義社会だった。
江戸時代の場合「藩」という単位で”ある程度”システムが完結していていた。
(勿論ヒトやモノなどの流通はかなりあったが)
そして当時は農村が基本だから政府が転覆しても自分の食べるものには
(天災や戦災が起こらないかぎり)
困らなかった。
すなわち複数のシステムの連結したシステムで
統合的でない。
効率は悪かっただろう。

政府(地方政府を含む)は搾取をするかわりに住民間の調停をしていた。
しかし、大概それだけだった。
社会保障制度も基本的になかったし、年金だって支払わない。
強盗団や犯罪者を捕まえるくらいのことはしただろうが
今の政府と比べると機能は格段に小さい。
そのかわり頼らなくて良かった。
(逆に自己責任の厳しい世界とも言えよう)

今は政府と会社に頼り切りだ。
そのかわりそこから逃れようとするととても大変である。
学校から会社から逃れられない。
そこで馴染めなかったら引きこもるか死ぬしかない。
村八分でさえ火災と葬式は面倒見てやったというのに。

頼りにしていた政府は「弱者は死ね」と言いはじめた。

現在の閉塞感「重さ」はこういうところから来ているのではないだろうか?
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「トリック」ですか?

2007.10.15 時事放談
とある宗教団体でリンチ殺人があったという事件。
まるでドラマ「トリック」に出てくるような雰囲気でしたね。

信者がジャージで草むしり。
怪しげな玉や水を売る。。。

まさしくじゃないかw

本当にあんな団体あるんだね。
世間は広い。
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アル・ゴアとIPCC?

2007.10.12 時事放談
今年のノーベル平和賞はゴアとIPCCらしい。
何かピンとこない・・・。

温暖化について強く訴えたということなのだが
日本ではサラッと去っていった感じなので印象がないのだろう。
一応、バラエティ番組などにも出演して映画の宣伝をしていったが
その後、家がでかくて消費電力が物凄いらしい
といういまいちよくわからないバッシングを受けていたw

言行不一致ということなのだろうが
まさかゴアだって哲人政治家じゃないんだから
小さいことは見逃してあげようw


IPCCのほうはゴア以上に批判に晒されてきた。
温暖化に懐疑的な科学者が排除され、純粋な科学でなく
結論にすでに何か意図が組み込まれているというものだ。

自分はこの批判は妥当かもしれないと考えるが
IPCCの主張と立場を支持する。
地球温暖化はもはや方便であるとおもう。
実際に地球が温暖化しなくても、温暖化が人為によらなくても
温暖化問題は現在の環境問題のいわばランドマークであり
維持可能な社会システム形成への旗印である。

温暖化しなくても化石燃料からの脱却は必要なのだ。
・・・ってこれは日記で繰り返し述べたかも知れないが。


環境を扱う人々がノーベル平和賞を受賞したことに感慨を感じる。
一昔前までは戦争や貧困問題を扱う人達が受賞していた印象があるから
環境問題がいよいよこれらの問題と同じくらい重要で深刻だということが
認識されてきたのだろう。
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