薄馬鹿下郎日記

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八閑斎

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平日の夜

2007.06.28 未分類
この時間帯
プールの監視員は暇です。

忙しいのは夏だけだとは思うのですがねw

でも、プールにはいろんな客が来ます。
団体で一部貸しきりなんてのもあります。
昨日は国○舘大学のサークルか何かが来てました。
6チームくらいに別れてリレーをしているのですね。
チームの仲間が声援を送っているのですが
それが異常にうるさいw
まあ、体育会系ですからね。
そして泳ぐのが凄い速い。
まあ、体育会系ですからね。

他にもシンクロの練習してる団体とか。
小学生から中学生くらい(までだと思うのだが)
が足技の練習をしているのです。

キレイにスケキヨ。

みたいな。

それは冗談ですが本当に凄いです。
でも、練習厳しそうだ。

あとはアクアビクスなるものとか。
水中でエアロビやってるのですが。
どう見ても講師のほうが運動量多いw
「ハァイ!ハァイ!!ハァイ!!ハァイ!!マワッテ~」
ってな感じ。
参加者は老人ばかりですし。。。


このバイト時給安いし管理体制がズサンそう
だけど肉体的には楽かもね。
8月末には辞めますが。
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働き方

2007.06.24 未分類
NHKで特集みたいなのやってましたね。

やはり理解していない人は全然理解していない
というのを痛感しました。

「非正規雇用なのは選択したから」
とか
「努力すればいい」
とか
「人口減少社会になるのだから都市部に集中するのが
 なぜ悪いのか?」
とか
個人的には全く理解できない発言が多くありました。

まず非正規なのは確かにそれを選択した人もいるかも知れませんが
正規雇用されたくてもしてもらえないという人々がかなりいる
という現実を理解して欲しい。

そしてその生活がどれだけ憂鬱かということも。
「選択」だというのなら正規と同じだけの社会保障がされるべきです。
それがない今、正規と非正規の差は歴然としている。

努力すればいいというのは論外ですねw

努力は当然なわけですがしても正規雇用されるわけでもない。
新卒以外の採用は何かしらのスキルや経験がなければいけない
それがない人は単純労働などを続けるしかない。

だから「希望は戦争」などということが話題になってしまうのです。

「都市に集中」という話は労働と雇用の事しか考えていない人が
言う発言で笑止千万です。
食料やエネルギーの自給は国の根幹。
それを支えているもしくは支えることになるのは地方です。

議論を聞いていて上記のような発言をする人は
やはりアメリカ型の経済を指向している人々のようです。
しかし、効率効率ではやっていけないということが
現在の鬱や自殺の問題で明らかになっているわけで
方針転換が必要な時期が近づいていると思います。

とにかく、不安はいやだ。
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同士討ち

2007.06.22 時事放談
ファタハとハマスが同士討ち。
「イスラエルでもこんなことしない」
と現地住民が語っているそうです。

だから結局問題なのは「宗教」とか「民族」とか
そういうことじゃないってことですね。たぶん。

パレスチナ側が同士討ちしてイスラエルはウハウハかといえば
どうもそうじゃないらしい。
たしかに「どう収拾するんだこれ?」って感じですよね。

どっち叩けばいいのかもわからないだろうし。

古くから文明があった地域が今では無政府状態。

でも、結局かれらを突き動かしているのはなんなんでしょうか?
「宗教」でも「民族」でもないなら一体なんなのか?
もうこれは個人的な恨みか属する組織のアイデンティティの為
としか予想がつかないですね。

なんか現実とは思えない。。。
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天狗裁判

2007.06.20 時事放談
天狗は想像上の存在であり山のシンボル的存在でもある。

そこから修験道をイメージしてしまうのは小生だけだろうか?

一般的に言われている天狗(てんぐ)は顔が赤く鼻が高く下駄をはいていて山伏の格好
をしているのだがこれは中世以降の産物らしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%8B%97
まあ、狗はイヌのことも表現するから
人型というよりキツネやイヌ、イタチのような形状の想像上の存在だったのだろう。

そんな天狗だがその天狗の名を借りて裁判が起こされた。
「高尾山天狗裁判」である。
内容は高尾の自然保護のため八王子の圏央道建設に反対するというもの。

6月15日原告側が敗訴し控訴する予定だという。

判決では騒音や大気汚染は住民に危険を及ぼす証拠はないとし
住民が高尾山から享受していると主張する「人格権」「環境権」
についても「不確定かつ流動的」とし一切認めなかった一方で
八王子城跡トンネル近くの「御主殿の滝」の滝枯れやオオタカの営巣放棄は
工事の影響であると指摘した。

この裁判の特徴は高尾の自然全般を天狗という抽象的存在に
仮託しているというところである。
天狗は上記のようなイメージもあるし信仰の対象にもなっている。
「オオタカ」や「滝」を包含できる存在なのだ。

ただ、それは司法制度の中で認められるものかといえば難しい。

開発反対の理由に「環境権」や「人格権」を使用するのも苦しい。
「環境権」は憲法や法律的根拠がないし自然がなくなることによって
「人格権」が侵害されると主張するのには無理がある。
(だから小生は憲法改正賛成なんですがね)

そもそも開発反対運動を訴訟というフォーマットで行わなければならない
状況が苦しい。
裁判制度がかなり発展していた欧米ではこのような伝統や仮説なども
(ストーンの樹木の当事者適格など)
あるのだが日本ではまだまだである。

訴訟以外の手段を何か求めなければいけない時代になっているかもしれない。
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ここ数年

2007.06.19 未分類
最近よくわからないというか方向性が見えない
文章ばかり書いていますがもう少しすればまともな文を
書くようになると思うので今しばらくおまちをw

小生は22になったわけだが相変わらず実感はない。

いつまでたってもそんなものなのかもしれないが。。。

小生は内面が多少変化したかも知れない。
自分では気が付かないが。

これからは並というのを意識しないように
生きていこうと思います。

でも独善にはならないように。
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思想の必要性

2007.06.15 未分類
自分が環境思想というものを扱っているから
思想というものが本当に世界を動かすのに有効なのか非常に気になる。

もし仮に有効でないとすると
自分の研究は膨大な無駄ということになる。
(それはそれでまたよいのだがw)

環境問題というものを考えるとき
いくつかの解決への方法論が考えられる。

・科学技術による克服
・政策の誘導による克服
・思想の転換による克服

勿論この3パターンが全てじゃないし
3つにキレイに分けられるわけでもないがこの3つで
考えてみたい。

技術で克服できるのなら現在の生活を一切変える必要はない。
新しい環境関連法も必要ないだろう。
科学者の一部の人は環境問題は技術のみで乗り越えられると
考えているらしい。
人類の偉大さを信じているのだ。

自分も是非信じたいが世の中8割方ウソだと
公言している人間である。
到底信じられない。

大方の人もまさか技術のみで克服できるとは思っていないだろう。

第二に政策による克服を挙げた。
法制度など行政の機能によって克服するということだ。
この機能によって技術開発も進むだろうし
環境問題の深刻化は抑えられるかも知れない。

ただ、これは人間に利があると判断されなければ発動できない
力なのである。
バタフライ効果のように遠く遠くの現象が仮に人間に害を及ぼす
としても通常気が付かない。
だから法整備はされない。

つまりこの機能の効果は非常に限定的であると
言わざるを得ない。

そこで思想による克服である。
思想によりライフスタイルの変革をもたらせば
問題解決の道筋は若干緩やかになる。
環境政策もスムーズに実行されることとなるだろう。

言いたいのは技術、法・政策、思想どれも重要だが
思想が一番重要なんじゃないのか?
と、そういうことです。
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2007.06.11 未分類
突如よくない知らせがきた。

良い知らせが数日前にあったばかりだったから
余計にショックだった。

その連絡を電話で受けたとき半ば信じられず
心の水面に不快な色が広がった。
本当に不快だ。

悲しいとか怒りとかそういう感情はどうも
自分は持ち合わせていないらしい。
というより明確に区分して感じない。
不快と感じる。
ワカモノが様々な感情をムカツクで一括しているのと
共通だが、不快というのはムカツクとは少し違う。

まあ、誰かが死んだわけでもないし
自分の生活に直接関係することでもない
(従兄の問題だったので)
からすぐに忘れてしまえばいいのだが
精神が奇妙に動揺している。

が、結局のところ問題はないというのが
今迄の自分である。
そしてこれからもそうだろう。

自分の友人知人には精神的に不安定だったりとかして
通院していたりとか薬を飲んでいる人とかが奇妙なほど
多いのだが自分はそうなる条件を全て満たしているように
思えるのになぜかそうならない。
一時的にもならない。

不真面目だからかよほど根性が悪いからなんだろうが
宗教的な支えが特にあるわけでもなく
なにかアッケラカンと生きている。
非常に残念な男である。
今回の良くない知らせでももっと心配したりショックを
受けても良さそうなものだが、感情が量的に足りていないようだ。
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グッドウィルへの批判の是非

2007.06.09 時事放談
コムスンが指定取り消し処分を受けそうになった。

それを逃れるためグループ内の別の企業に事業を
譲渡しようとし、問題になっている。

これはコムスンというよりグッドウィルの体質の問題である。

同社は日雇いフリーターに対する給与の天引きでも問題を
起こしているし、買収したクリスタルは従業員の扱いが酷いことで
有名だった。

この会社小生とも少なからず因縁があるのだが
それは書かないでおこう。

いずれにしろこうなる前に厚労省はグッドウィルへ何らかの
警告を行うべきではなかったのか?
クリスタルを買収した時点で経営体質が同等だということは
感じられるだろうし、給与の問題でも幾つか問題を抱えていた
ことは恐らく把握していただろう。
(把握していなかったら怠慢だ)

グッドウィルは介護を食い物にしているし派遣も食い物にしている。
つまり弱者の人間を食い物にしている。
そこに誠意や品質に対するプライドがなければならないのに
それがない。

正直ライブドアなんかよりたちが悪い。

一番の被害者はグッドウィルの正社員かもしれないが。。。
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好き嫌い

2007.06.07 未分類
自分ではあまり意識していなかったのですが
どうも好き嫌いが激しいらしい。

コイツどうも好きになれないと思うと全然ダメ。

話が全く通じない人もダメ。

ダメというのは嫌いというより喋りたくない
という感じ。

大学に入って顕著になったかも。
席が自由で別に喋る必然性がないから。

社会的には「準ひきこもり」というそうです。
確かに喋りたい友人が休みだったら
その日は誰ともしゃべらず家に帰り
猫だけが待つ家に帰る。

でも、不便は感じないしコミュニケーション能力が低いわけではないと
個人的には思っている。
何かキッカケがない。
喋る理由もない。
喋ってもツマラナイからしんどい。

なんか他人を見下しているやなやつみたいですが
もう色々説明しないと真意が伝わらない会話はしたくないのです。

会社に入ればまたそれは別の話なんですけども。
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戦争待望論

2007.06.05 時事放談
刺激的なキャッチですね。
「論座」で盛り上がっている話題らしいです。
小生もチラチラ見ています。

実際にフリーターやっている人が
「自分にはもう希望は戦争しかない」
ということをウダウダと書いたのが論争の始まりのようです。
確か「丸山真男をひっぱたきたい」とかいう題だったと
思うのですが全文は読んでいませんし
なんで丸山真男が出てくるのか
(本文中には出てこなかったような??)
サッパリわかりませんが
言いたいことは少し理解できるような気がします。

フリーターの彼が戦争が希望だと述べるのは
両親が死んでしまえば経済的基盤を失うのだから
首をくくるしかない。
だったら戦争で戦死して靖国なりなんなりに祀られたい。
とそういう主張のようです。

まあ、先に入っている人からみれば不敬至極なのですが
「とにかく認められたい」
ということが要旨のようです。
論座で萱野稔人氏が彼は国家から見放されてアイデンティティを
喪失している。
ただ、国民として権利を持っているからそれにすがりたいのだ
(それがナショナリズムに接続する要因らしい)
というような趣旨のことを書いていました。

ヨーロッパの暴動を起こしている移民は国家にすがれないから
これと正反対の立場だとも。

確かにその通りで左派的救済では生殺しにするのみで
そこからの脱出の夢はない。
個人的には世間では
「人間味な平等」
「身分はない」
と言っているのに階層が存在しそれが半ば固定化している
ところに問題の所在があるような気がする。
社会的に階層が規定され脱出することが困難だった時代は
それが自分に対する”言い訳”にすることができたのだが
現代ではそれが不可能だ。

W・ブッシュのように「貧しいのは努力しないからだ」と
悪罵を浴びせられてしまう。
本人達はメディアの映す社会に憧れるのに
そこには参加できない。
まるで目の前にニンジンをぶら下げられた馬のようだ。
結局、ニンジンはぶら下がるのみでひたすら走ることになる。
自分も乗り手になりたいが誰も交代してくれない。
ヨーロッパではむしろその馬の役すら移民にとられそうで
極右にはしる。
彼らの望みは恐らくホリエモンみたくなることではなく
これまでごく普通と言われていた生活をすることだ。
今は普通の生活も死ぬ気で頑張らないと実現できない。
そういう難儀な時代になってしまったようだ。
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カニとウナギと象牙

2007.06.02 時事放談
ロシアからの活カニが禁輸。
ヨーロッパウナギがワシントン条約の対象になる可能性。
日本の食卓はどうなるんだ??
というのが日本のマスコミの姿勢。

しかし、個人的には
「ああ、日本が乱獲の原因なんだな」
という感慨。
つい最近もサケ・マス漁船が密漁の疑いで拿捕された。
北方領土が誰のものか?
という議論は置いておいて
北の海の漁業資源は枯渇の危機にあるという
印象をぬぐえない。

もっとも規制が厳しくなれば
違法な集団が裏で輸入し、実態が掴めなくなる
ということになる。
象牙はそういうことが理由で一部輸入再開となったらしい。
ただ、こちらは今度は密猟の温床となる可能性が指摘されている。
適切な資源管理が出来ればよいのだが・・・。
象牙の利益は象の保護政策に使用されるということだから
その資金でシステムが構築されることを祈っている。
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